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スーパーケムラー

保存方法について

 かつて茅葺屋根の家屋内では、いろりやかまどで火を焚く生活をしていました。このいろりから立ち昇る煙が家屋の耐久性向上に良い役割を果たしていました。煙の成分が茅や木材をコーティングして防菌、防虫に優れた効果を発揮したのです。
 
「中で火を燃やせば長持ちする」
とよく言われてきました。
ところが、人が住まない文化財や、現代の生活ではこのいろり効果が得られず耐久年数が極端に短くなっています。
そこで、調査、研究、実験を重ね、火気を持ち込まずに煙による燻蒸を行うシステム「スーパーケムラー」(平成8年特許取得)及び燻蒸装置の自動制御システム(平成11年特許取得)を開発しました。

スーパーケムラーによる燻蒸

スーパーケムラー本体
調査、研究、実験を重ね、火気を持ち込まずに煙による燻蒸を行うシステム「スーパーケムラー」(平成8年特許取得)及び燻蒸装置の自動制御システム(平成11年特許取得)を開発しました。
ダクトより出る煙
建物より離れた本体内で薪を蒸し焼き状態にし、煙を発生させダクトを通して煙を強制的に送り込みます。

スーパーケムラーによる燻蒸

1.薪の成分

 使用する薪は、広葉樹の雑木薪であるがその概略の成分は、ヘミセルロース、セルロース、リグニン等である。この成分は、全体の95%を占める。

2.煙の成分

種類
化合物
有 機 酸 類
酢酸・ギ酸・プロピオン酸・酪酸・バレリアン酸・他
フェノール類
フェノール・クレゾール・キシレノール他
カルボニ化合物
フォルムアルデヒト・アセトアルデヒド他
アルコール類
メタノール・エタノール・プロパノール他
中 性 成 分
レボグレコサン・アセトール・マルトール他
塩基性成分
アンモニア・メチルアミン・ジメチルアミン他
 煙は、PH3前後を示すが有機物中の含有率で主な成分は、酢酸でありその含有率は50%~60%である。しかし全体の含有率で示すと、90%~95%が水分であるので濃度としては3%前後である。
青森県三内丸山大型復元住居

燻蒸方法

 住居の養生は、煙の逃げ出しを少なくするため煙出し部分等を養生シートを使用し閉塞し、内部の備品等は覆いをする。
 スーパーケムラー及び付属部品は、その都度セットする。

ダクト(¢300)排煙口は、住居内任意の場所に据付け、高さ1m程度にセットし、排煙口は天井に向ける。スーパーケムラーと住居との距離は30m程度の間隔を置きスーパーケムラー本体から10mの位置に送風機をセットする。スーパーケムラー本体には、火の粉防止のためフィルターが2カ所にセットされ火の粉を完全にカットできる構造になっている。

 このようにして、住居内に煙を送給し、薄葺の屋根であれば、20分~30分すると煙が充満し、次第に茅の間を通って外部にも煙がたちのぼる。
35坪程度の茅葺屋根であれば、1棟あたり3時間で燻蒸作業を完了することができる。
 スーパーケムラー1回の燻蒸煙量は、当時の一般家庭で、煮炊きをしたり、暖をとったりの総排煙量の60倍に相当するため、60日に1回施工することによって燻蒸効果を高める。又、大型住居では、ダクト排煙口を移動したり、燻蒸時間を長く行うことで燻蒸効果を高める。

耐久年数を維持する基本的な考え方

 茅葺屋根は、カヤ(チガヤ、ススキ、スゲ等の総称)の茎でふいた屋根であり、地方によってはアシも広く使われている。又、茅葺きは「わらぶき」とも呼ばれ地方によっては稲藁、麦藁を補助剤として用いるところもある。

茅葺屋根の建造物内には、居間に囲炉裏が作られており、人が住んでいたときにはそこで、火をたいて暖を取り、又は煮炊きをしていた。
この囲炉裏で燃やす薪はナラやクヌギ等の雑木が主であって、これらの雑木が燃える際には、木材煙が発生する。この煙は木材成分であるセルロース、リグニンが熱分解によって気化するものであり、煙には有機酸類、フェノール類、カルボニル化合物などの各種の有機化合物が含まれている。

これらの有機化合物には、茅等の表面 を樹脂膜状にコーティングして、外部からの雑菌などが進入するのを防止したり雑菌を殺す働きの他、油脂の酸化防止などの効果 がある。従って人が住んでいたときの茅葺屋根の家屋では、囲炉裏やカマドで燃やす雑木から立ちのぼる煙中の有機化合物によって茅葺やその骨組みなどがコーティングされ、又雑菌が駆除されると同時に腐敗処理され、いわゆる囲炉裏効果 による耐用年数をたかめた。

復元されたり移築した茅葺屋根建造物内では家屋での火気取扱がほとんど厳禁されているため、人が住んでいたときに得られた囲炉裏効果 が得られず、耐用年数が極端に短くなっているのが現状である。

この耐用年数をたかめるためには、家屋で火をたかずに燻蒸し、囲炉裏効果 の得られるのが理想である。上記の問題点に鑑みスーパーケムラーを用い、所望する煙を安定した状態で発生させ、この煙を家屋に送りこみ、内部からの燻蒸を実施し、茅葺屋根及び家屋内部の防菌、抗菌作用をたかめ更に、これらに寄生している昆虫類を追いだし、防虫効果 をたかめ茅葺屋根建造物全体の耐用年数を長期に維持することを基本的な考えとした。

スーパーケムラーの実験及びその効果


「スーパーケムラーの煙燻蒸による抗菌効果の研究」
平成12年7月27日

栃木県ベンチャーモデル企業育成事業
共 同 研 究 成 果 報 告 書
研究者 宇都宮大学農学部教授 農学博士 吉沢 伸夫
東京農工大学大学院連合農学研究科
(宇都宮大学配置) 石栗 太 奥 竹史
 
(株)茅葺屋根保存協会 代表取締役 吉村 潤

燻煙による抗菌効果実験

1 目的

 スーパーケムラーを用い、所望する煙を安定した状態で発生させ、その煙を屋内に送り込み、内部から燻蒸した場合の囲炉裏効果を定量的に把握すため、屋根に取り付けられた煙コーティングされた茅材の抗菌作用を観察する。

2 実験環境及び茅サンプル

 (1)実験実施期間
平成12年2月25日~平成12年4月25日

(2)実験用サンプル採取場所
実際の燻蒸作業環境と同等の状態において実験用サンプルを採取 するため、サンプル採取場所は、栃木県芳賀郡茂木町旧羽石家と した。

(3)燻蒸の煙温度と質量
燃料用薪は、ナラ(平均含水率14.3%)を使用した。
薪の主成分はヘミセルロースとセルロース(炭水化物、合わせてホ ロセルロースともいう・・約75%)とリグニン(炭化水素・・約20%) である。
炉内温度が約200度から300度でホロセルロース、300 度から400度でリグニンの順で炭化が進行する。はじめは「水煙」 と呼ばれる水蒸気の多い煙が立ち昇り、炉内温度が上昇してヘミ セルロースの熱分解が始まると、刺激性の強い、いわゆる炭焼き 言葉で「きわだ煙」と呼ばれる白色の煙に変化する。更に温度が 上昇し、リグニンの熱分解が始まると、青いタール分の多い煙(白青
煙)になる。煙燻蒸に用いるのは「きわだ煙」の部分であり、炉内 温度200度~300度になるよう煙突出口温度を130度に設定し た。
(付表1:旧羽石家住宅燻蒸記録)

質量は、米国Gilian社製恒気流収集器(Constant flow air sampler) AC-PROG、P/N801011 Rev j を使用し、1分間に10リットルの煙 を収集、東京ダイレック社製テフロンコーティングフィルターで煙成 分を吸収、ミリグラム単位で計測した。使用した煙量は平均50mg であった。
(付表2:煙量測定結果記録表)
(付表1:旧羽石家住宅燻蒸記録)
(付表2:煙量測定結果記録表)
(4)茅サンプル
本年度静岡県御殿場市で採取したススキの茎を約10cmに切り 揃え、各3本ずつのグループとしてそれぞれ「無燻蒸」「1時間燻 蒸」「2時間燻蒸」「3時間燻蒸」「4時間燻蒸」「5時間燻蒸」のサ ンプルを作成した。
 
(5)培地
PDA(Potato.Dextrose.Agar.馬鈴薯.砂糖.寒天)培地を使用した。
煙質量の検査
採取した煙サンプル

3 実験の実施

 (1)実験家屋内部にスーパーケムラーからの煙吐出ダクトを設置し、サンプル茅を実験家屋天井に吊り下げ、燻蒸を開始した。開始から各1時間毎に1グループの茅をはずし、PDA培地に設置した。

4 観察記録

5 傾向の特定

(1)培地に点状のカビを視認した時期
無燻蒸のサンプルは、実験開始後5日目で視認したが、燻蒸 サンプルの場合、燻蒸時間が長い程視認時期は遅くなった。
その時間差は1時間につきほぼ1日であった。なお、4時間・5 時間燻蒸のサンプルは更に1日遅れた。また、5日目から培地は うす黄緑に変色し始め35日目には濃い緑に、更に45日目には 黒くなった。これは、バグテリアが培地内に入り込み、カビの皮膜が 無いか又は薄い所で視認されたものであり、今回の実験とは関連 しないものである。
(2)培地へのカビの広がり時期
無燻蒸、1時間燻蒸・2時間燻蒸は点状菌の視認1日後にカビの
広がりが視認できたが、3時間以上燻蒸の場合、2~4日後であった。
3)茅へのカビの取り付き
無燻蒸は、茅と培地との隔たり無く7日目にはカビが繁殖した。
また、14日目には茅を含む培地全体にカビが蔓延したが、燻蒸茅 は、1時間のものであっても30日目まで茅には取り付かなかった。
なお、3時間以上のサンプルでカビが茅を避ける傾向を確認でき た。
また、それ以前に切り口および紐で個縛した部分を伝ってカビ が伸長する状況が確認できた。
これは、サンプル採取時燻蒸後 長さを揃えるために茅を切除したため、切り口が燻蒸されない状態
になったこと、及び、紐の網目が燻蒸できなかったか、摩擦で煙成 分が払拭されたためとも考えられる。
4)培地のカビの広がり状況
培地のカビは、サンプル茅(3本)で囲まれた部分(内部)と外部に 分け観察した。無燻蒸のものは、内部と外部の違いはないが、燻蒸サンプルについては、外部では広がりが早いが、内部には進入できない状態が確認できた。特に、3時間以上のサンプルについては、カビが茅を避け、茅に触れないようブリッジをかけて内部に侵入しようとする「気中菌糸」の状態を、25日目に観測した。

結論

無燻蒸の茅材は、培地とともにカビに侵食されるが、煙により燻蒸した 茅材はカビを避けることが確認できた。これは、煙成分が抗菌作用を持 っていることの証明であり、更にその効果は燻蒸時間の長さに比例する ことが判明した。特に、3時間以上の燻蒸ではその効果が顕者であった。今回の実験は、一般に空気中に浮遊するカビに対する抗菌効果の確認であった。カビそのものは茅材あるいは構造材を劣化させることは少ない。しかし、カビに対し抗菌効果があったことは、カビと同様な性質を持つ腐朽菌に対しても効果があるといえることから、スーパーケムラーによる燻蒸が茅葺屋根とその建物の寿命を延長する役目を充分果たすことが確認できた。

腐朽の種類と発生因子

(1)カビによる場合

 カビ胞子は、空気中に無数に飛散しており、これらの付着を防止することは、ほとんど不可能である。

付着の発生因子には、茅や木材等の中の栄養(糖酸、セルロース、リグニン等)、十分な水分、適度な温度が必要であるため、一因子を除去すればほとんど完全に防止できるが、現実には水分を低下させると共にその後の吸湿を防止するのが限界であると考えられ、これすらも、例えば、梅雨期の多湿時には困難となる。

(2)茸類による場合

 カビの場合とほぼ同様である。

(3)昆虫による場合

 虫害は、昆虫(幼虫、成虫)が木材等を食べる食害である場合がほとんどで、カビや茸と違ってある程度乾燥している茅や木材等(含水率20%~50%程度)が被害を受けやすい。

従って一般建築構造物は全てが対象となりえる。又、虫害は建築前の材料時点に産み付けられた卵が孵化し、内部を食害して成虫となる場合と、建築後飛来した成虫による直接の食害、産み付けられた卵が孵化した幼虫による場合がある。

材料時点で卵が産み付けられた場合、材料を50℃以上にあげる人工乾燥であれば、完全に死滅させることができるが、天然乾燥材では、孵化を促進しているようなものであり、かりに表面に防虫薬剤を処理したところで内部までは、浸透しないためにあまり効果がない。
株式会社 茅葺屋根保存協会
〒329-0516
栃木県下野市大光寺1ー5ー11
TEL.0285-51-0786
FAX.0285-52-1586
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